Super Mario Brothers The Movie
評価 ☆☆☆☆☆ 星5
満足度:90/100
ストーリー:40/100
映像クオリティ:80/100
既出評論に追従する形となるのだが、スーパー:マリオブラザーズシリーズの作品を多く経験していれば楽しめる映画となっている。
経験していなくとも、アクション面での爽快感、CM等で聞き慣れたBGM、それ以外はクラシックを使うなど工夫がなされており、子供も大人も安心して観られる飽きさせない工夫が多々ある。
細かい説明などは全て捨て置き、冒険のワクワク感にだけ主軸を置いた作品だ。
小難しい話に頭を悩ませたとき、休憩の合間に観賞するような気持で見るのが良いだろう。
感想
まず、それぞれ個人評価の記事を書くために、ここで一つメジャー作品の評価を書いて、自分なりのテンプレートを作成しようと思う。
そのために、まずはメジャーで、かつ、最近観賞した作品であるSuper Mario Brothers The Movie(以下SMB:tM)について語る事にした。
物語の初めは冴えない配管工の双子の兄弟が、親会社を離れて独立するところからだ。全財産をはたいてCMを撮影し放送する。しかしかかって来た仕事の依頼は作中内でも一度きり。元の同僚には「Stupid Mario Bro(しっぱいマリオブラザーズ)」と揶揄されてしまう。親戚には「お前の夢に弟を巻き込むな」とまで叱られてしまい、マリオは意気消沈してしまった。
そんなアメリカ住まいの彼らが、街中での異常な排水事情に目を付け、「自分たちが解決してやる」と意気込んで下水に飛び込み、ひょんなことからキノコ王国のある世界へ通じる土管に吸い込まれてしまった。
そんなところから始まるのが今作、SMB:tMである。
私はマリオシリーズを何作か経験してきて、映画の話を知った時には「冴えない配管工が姫を助ける話」にどうつじつまを合わせるのか気になっていたのだが、そもそもの話、異世界転移ものであれば確かに細かい設定は必要がない。ここ近年人気が急上昇してきたジャンルだけあって、素晴らしいマーケティングだと思った。
古今東西、異世界転移だの、転生だのは古典的なジャンルではあるが、私個人としてはそれとマリオを結びつける発想は無かったので、この時点で一つ評価が上がる。
そして土管の先はキノコ王国とクッパの国に分かれており、不幸な事にルイージはクッパの国に送られてしまった。離れ離れになってしまった最愛の双子の弟を助けるために、マリオはピーチ姫に協力を依頼しに行ったのだ。
この時、周りに出てきたのがマリオオデッセイやマリオブラザーズUに出て来た敵キャラクター達である。可愛らしい色彩の彼らはマリオに敵対するわけでもなく、ただ等身大にそこに存在していた。
ところ変わってルイージはおどろ恐ろしい朽ちた森の中に一人転がっていた。何とか持ってきた工事道具の中から懐中電灯を取り出し、へっぴり腰ながらも明かりを頼りに出口を探して彷徨っていく。
へっぴり腰にライト。この時点でお分かりだろう。そう、ルイージマンションだ。
この作品の凄い所は、ほんのちょっとしたところにもマリオシリーズの要素がちりばめられているというところにある。
今思えば冒頭のクラシックはマリオランドだったのではないか?と思うほどに、細部に拘ったゲーム要素が存在するのだ。
冒頭ではイタリア訛りで会話に参戦してくる男がマリオブラザーズ(初代)をプレイしていたり、キノコ王国はどこかギャラクシーシリーズとペーパーシリーズを彷彿とさせ、土管の仕組みは3Dワールド&フューリーワールドを採用していた。ブロックを叩く要素はどことなくマリオ&ルイージを思い起こさせ、ピーチ城でのマリオの特訓のシーンはブラザーズシリーズのステージを模倣しながら、3次元的な、ギャラクシーやオデッセイを想起させる。
ピーチ姫本人の強かさはスーパープリンセスピーチが最も近いのではないだろうか。
他に、クッパの性質は本編よりもペーパーシリーズのような茶目っ気を感じ、良くしゃべるカメックは3Dワールドだろうか。クッパjr.がいないのが物寂しい所だ。ついでにクッパ7人衆も存在しない。
ボムキングやキングテレサ等64時代の懐かしい面々はいるのが幸いだ。
他にはワールドマップがマリオワールドであったり、冒険についてくるCMでおなじみのピノキオはピノキオ隊長枠だったりと細かい部分がとても多い。とてもじゃないが、語り切れないほどだ。少なくとも私には。
どうせマリオガチ勢の有識者がやるのだろう。
そんなマリオ愛あふれる素晴らしい映画、であるとは思う。思ったのだが。
マリオ愛だけじゃあとてもじゃないがこの作品は作れない。
というのも、この作品の「メイン要素」となってくるものは、それぞれのシリーズの最新作を用いている。映画が始まる前、CMとして流れたマリオシリーズの映像に出て来たゲームたちが全てメイン要素として扱われているのだ。
これは礫とした販促アニメなのである。
マリオ愛に溢れているだけじゃあ、ファンが作っただけならば、もっと押しつけがましく好きな作品の要素を見せて来るだろう。
その中でも64は人気が高い。冒頭のペンギン族以外にも、もっと羽が生えたり、サンシャインのようにウォータージェットが登場したって何らおかしくは無いのだ。
しかしこの作品の良い所は、そういった部分からしっかり線を引いて、あくまでも商業として作られている。
この映画を見た人たちが、子供たちが、最新作をプレイしたくなるようにテーマを絞っているのだ。
猫マリオ・狸マリオ・透明土管で遊びたければフューリーワールドであるし、コング軍国とのシーンのようにカーチェイスがお望みならばマリオカート8、上下左右縦横無尽に2Dで駆け回りたければマリオブラザーズU、映画のように各世界を走り回りたければオデッセイ。見事にバランスの取れた配置は見事としか言えなかった。
子供の憧れを詰め込みながら、大人の冷静さも併せ持つ、そんな印象を私は覚えた。
だからこそ、私はストーリーを40点としたのだ。物語のプロットだけ浮き出してしまえばこの作品は陳腐なもので、特別面白いものなんて何もない。粗だって目立つし、続編を思わせるヨッシーのたまごだってうんざりだ。
ピーチ姫の設定も陳腐なものになってしまった。映画の中の彼女は異世界からやって来た家無き子で、唯一の人間だからと姫の地位を与えられた。外交も己の腕ひとつでこなす敏腕だが、ゲーム内での印象とは違い随分と俗っぽく表情もキツい。それは仕方ない。そもそも王族ではなく庶民なのだから。
だから40点なのだ。ストーリーは。
だからこそ、満足度は90点なのだ。
マリオの映画としてはストーリーなんてどうでもいい!
それこそプロットさえあればあとは全部アクションで埋めて構わない程、マリオのアクションというのは魅力が詰まっている。それを上手く使って、飽きない、面白い画面を作ってくれた!それだけで大満足だ。
そして90点な理由、それは主にヨッシーの扱いである。あえて成体であるヨッシーを一度画面に映しつつ、2度印象的に残るようにたまごを配置し、スタッフロールの後で続編への布石とした。不満に決まっている。私はヨッシーが好きだ。ヨッシーの万有引力はカセットが掠れる程やっていた。好きなのだ。不満に決まっている。
だからこそ、90点であり、続編への期待値として10点を引いた。
例えば、これが100点であれば、私は続編を見ようとは思わないだろう。なぜならば、それは既に完成された映画として私個人の中で区切られてしまうからだ。しかし、ヨッシーのお陰でそうもいかなくなった。不満だ。どうして見せてくれないんだ。あんなに印象付けておいてお預けとは、流石アメリカというべきだろうか。売れる事を理解しているからこそできた芸当でもあるだろうし、アメリカの連続物によくある手法とも言えよう。
商業戦略として大成功だ。
総評
お手本のような販促映画だった。素晴らしい出来であり、誰が見ても一定の満足を得られるだろう。